あゆの実

デビュー時のayuが好き 浜崎あゆみファンサイト「あゆの実」

あゆについて

当サイトで感じたこと

浜崎あゆみってどんな存在なんだろう?昔は「あゆファンは、みんな価値観は近い」と考えていて、自分の好きなポイントは人も同じように感じていると思っていた。

サイトの中で書き込んでくれた内容を見ていても、ファンの中でも様々な見解や価値観があることに気がつく。浜崎あゆみのどの部分が好きかというと、人それぞれ異なることに気がついた。

あゆの魅力

私自身が思っているあゆの魅力は下記の通り。人それぞれ異なるだろう。

  • 現実感(自己逃避が少ない)
  • 嘘をつかない(つけない)
  • 自力で生きようとする
  • 前向き(他の生き方がない)

時代が求めた存在

1999年あたりから、メディアに取り上げられ大ブレイクした。浜崎あゆみが流行したのは、時代に選ばれた要素が大きいと思う。正統派の歌手とは少し違う存在で、デビュー当時の特徴として「詞に共感する」とよく言われた。多くの人が、共感できる存在を必要としたと言える。

日本のように経済を優先した社会は、競争社会が生まれ、物質的に恵まれた反面精神的に貧しくなる。それは都会の割合に比例し、日本の中心首都でメディアの発信地である東京は、目に見えにくい代償を払って大都市になったのだろう。

物質的な満足(食べ物や便利さ)は、本来、感謝すべき対象ではあるが、それが普通になると満足できなくなる。あゆを含め、よく言われる「こんな時代」というの言葉は、精神的な貧しさからくるのだろう。

そこで、世の中のバランスをとる存在を必要となり、「浜崎あゆみ」が必然的に求められたと思う。あゆは、デビュー時に表現の場所を求めていたと同時に、時代が求めたいたものとピタリとマッチした。現にあゆの登場したとこで、よく「あゆに助けられた」と言われる。

あゆが流行したのは時代によるものが大きいが、もちろん、あゆ本人の生き方や持っていた世界観に独自性があった。この2つの運命を持つ浜崎あゆみが、とても輝いて見えた。他に変わりのいな存在で独自の魅力だった。

流行が去ったあゆは

爆発的に人気のあった2000年前後から、数年後の2005年くらいから、徐々に人気に限りが見えてきたと思う。流行ったものはいつか廃れるという法則が存在する。

あゆの生きていく方向性と、時代がずれてきたのも言える。あゆが時代に合わせる必要もないし、本来、売れることが良いことでも悪いことでもなく、だたの結果にすぎない。あゆ自身は自分の人生を歩めばいい。

<< 戻る