あゆの実

デビュー時のayuが好き 浜崎あゆみファンサイト「あゆの実」

RAINBOW

詞や歌などに関する事の掲示板です。

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NO.1  なおゆき  (2008/01/01 21:28)

PVのストーリーでは、ayuが街中を歩いていると途中で二人になって、そのもう一人ががどこかに走って行き一人を追いかける、なかなか追いつかないが飲食店に入って行って追いつくことになる。二人が店に座って店員が水を持ってくる、しかし一人分しかテーブルに置かない。一人しか見えていないからだろう、 ayuはそれを見てにんまりする。
ayuの中には、もう一人のayuが存在するという表現だろうか。人は過去に生きていけない程の辛い事があるとそれを回避するために、自分の中でもう一人の自分を作り出して、その辛い事を任せるという心理的操作があると聞いた事がある。ayuはそれの軽い症状なのだろうか?それか「浜崎あゆみ」と「ayu」の関係だろうか?その区別は付くにくいが、前者じゃないかと勝手に想像。どちらにせよ、いつかの昔に作り出したもう一人の自分と今の自分が許して一人になる。その方が、人の感情(愛情)を受け取り易くなると思う。この歌は自分自身へのメッセージ、アルバムに入れていないのも自己完結の歌だからと思える。とても興味深い歌とPVです。

NO.2  るみ  (2008/01/01 23:41)

確か「2004年、スーパーテレビ・光と影」で、「過去を許せなかった、封印していましたね、自分の中で」と語っていました。PVは、逃げる過去のあゆ、追う当時のあゆだと思います。そして最後話し合い、許す事が出来た。でもまだあゆの中に浜崎あゆみとあゆの二つが存在する。二つがほぼ同化するのは、「talkin' 2 myself」。当時はまだ、もう一人の自分が存在する。管理人さんの言われる様に、多重人格を作っているという面も有ると思います。「浜崎あゆみって誰?浜崎あゆみって人が恥ずかしいんですよね」などと昔語っていた記憶が有ります。あゆの中で嫌な部分をそちらに負わせ、目をそらせたかった。 あゆはアルバム「RAINBOW」について、「RAINBOW事件」と発言する程に期日に迫られていた。なので恐らく、業とアルバムから外した。「A BEST」の再レコーディング同様、経営陣に対する抵抗だと思っています。そして、「私はファンと共に完成させるんだ、届けたいものがあってこそ意味があるんだ」、という隠れたメッセージを感じます。アルバム「RAINBOW」は、「RAINBOW」という曲が「A BALLADS」に入る事で初めて完結する。そう思っています。

NO.3  るみ  (2008/01/02 09:49)

多重人格とか書いてしまいましたが、仕事と本来の自分を分けたいのだと思います。ついでに、「スーパーテレビ」、ビデオに録画してないので記憶が曖昧ですが、あの発言は女優時代に対するものですねf^_^; 私なりに考えをまとめると、逃げているあゆはアーティストとして必死に走って来た、浜崎あゆみとあゆの両方を含めた自分。「このPVを撮影する直前までの自分」だと思います。

NO.4  なおゆき  (2008/01/02 21:01)

説得力ありますね。なんでそんな事まで知っているのですか?と不思議なくらい、なんでも出てきますね☆
RAINBOWの頃の背景を余り知らないのすが、よく考えてみると、SURREALでもあるように痛みを受け止める性質が強いから分裂はしにくいかなと…。「浜崎あゆみ」がひとり歩きしていたのが一つになってきたとのことですね。三部作でそれまでの浜崎あゆみに別れを告げて、新しく生まれ変わったと言えども、しばらくはその距離はあったとの事でしょうか?
また、雑誌で「歌の中では自由になれる」と言っていたように、歌以外は自由ではないからでしょう。少し話は飛びますが、ayuがテレビなどで真剣に歌って、歌い終えた後に、少し鼻にかかった声で「ありがとうございました」と言う瞬間に、意識的に使い分けをしている気がします。自分の意識せずに出来た距離はちじめて行って、ある部分は意識して使い分ける、ぼんやりそう思いました。

NO.5  るみ  (2008/01/03 00:44)

あゆはデビュー以来唯々走って来て、2000年初め「逃亡の時期」に雑誌をまとめ読みし、初めて自分がアイコンの様になっていると気付いた。そして「見られ方」に違和感を感じた。様々なランキングで自分が一位、「私は今流行っているんだ」と思った。=夢が日々の戦うべき現実に変わった瞬間。この理想と現実の差が絶望。絶望を受け止め進む為の三部作。Far awayで生まれ変わったのは、進む為だと思っています。受け止めた=浜崎あゆみとあゆの差が最大。そしてRAINBOWまでの間、この差に苦しんで走っていたが、この曲で「大切なのは在り方だから、苦しまなくていいんだよ」と許した(癒した)のだと思います。なのでPVの透明人間の様に、まだ存在する。同化はしていないと思うんです。管理人さんの書かれた様に、SURREALの「背負う覚悟の分だけ可能性を手にしてる」の部分ですよね(?)を見ると、分裂しない強さが確かに有ると思います。寧ろ分裂さえ受け止めるという覚悟も感じます。それが想像以上に厳しいかった。「歌の中は自由」=自由でない部分とは、商品としてでもあり、私生活でもあり。それをもう一人に負わせている(?)その要素も有るのかもしれません。最後に書かれている様に、歌番組で歌い終わり微笑むのは、「あゆ」なのかもしれません。浜崎あゆみとあゆには、意識的・無意識の両方が有ると私も思います。

NO.6  るみ  (2008/01/05 16:23)

「あゆと浜崎あゆみ」の関係は「本音と建前」だと思います。アルバム「GUILTY」について、「ポジティヴ全開じゃないけどいいですか」と言っていたのは、二つが略同化して本音が出ているから。あゆは元々楽天家では無いと思うので、同化するという事は「曲が重くなる」という事だと思っています。

NO.7  なおゆき  (2008/01/05 21:58)

NO.4のSURREALは「どんな痛みを受けようと感覚〜」が、ふと浮かんだだけで「背負う覚悟〜」と意味は近いです。あゆと浜崎あゆみの関係は難しいですね。特に以前は表面上と歌との差が大きいので、誤解され易かったのもこのためかと思います。ずっと持ち続けるテーマでしょうか。

NO.8  daiyan  (2011/08/15 10:12)

ayuの新たなストーリー的な感じ
2人のayuがいて一人のayuは
2人目のayuを待っている
感じのPVと歌詞だと思います

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